茨城県神栖市の息栖神社は、鹿島神宮・香取神宮とあわせて「東国三社」と呼ばれる神社のひとつです。
息栖神社は、2つの神宮に比べると境内はこぢんまりしています。
でも、常陸利根川のほとりに立つ一の鳥居の近くには、川の中から真水が湧くという不思議な井戸「忍潮井」があります。
そんな息栖神社、ただ歩くだけじゃもったいない!
今回もガイドブックは持たずに、気になったものを写真に撮ってAIに見せながら歩きました。
「新しい神社なの?」という素朴な疑問から、「この木、1円玉と関係ある?」という小さな発見まで、AIコンパニオンが一つずつ答えてくれます。
それでは、AIと一緒に巡る息栖神社の旅へ、行ってみましょー!!
東国三社のひとつは、武神たちを導いた”ナビゲーター”の神社
鹿島神宮を出て、利根川沿いを車で南へ。まずは、どんな神社なのかを聞いてみました。


息栖神社って、どんなところ?

息栖神社は、鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)、香取神宮(千葉県香取市)とともに「東国三社」と称され、古くから関東を代表する強力なパワースポットとして三社巡りの参拝客が多く訪れます。
江戸時代には「お伊勢参りの帰りに東国三社を巡る」ことが庶民の憧れの旅路でした。
【ご祭神とご利益】
主祭神は久那斗神(くなどのかみ / 衝立船戸神)で、相殿神に天乃鳥船神(あめのとりふねのかみ)、住吉三神が祀られています。航海安全、交通安全、厄除け、道開き・開運のご利益で知られています。
社伝によると、主祭神の久那戸神は、鹿島と香取の神様が国譲りで東国へ向かったとき、道案内を務めた神様。相殿の天鳥船神も、『古事記』ではタケミカヅチに同行した神様です。

なるほど、最強の武神たちを支えた”ナビゲーター”の神社なんだね!

鹿島の記事で見た、巨大な内海「香取海」。
その水辺に、道案内の神様と舟の神様が祀られているのも面白いですね。

※鹿島の記事で掲載した巨大な内海「香取海」のイラスト。AIで生成してあり、おおよそです。
古いのに、新しい?:焼け残った礎石と神門

二の鳥居をくぐって境内へ。
朱塗りの柱の社殿は、思っていたよりずっと新しく見えました。

これは、新しい神社?

社殿などの建物が新しく見えますよね。
それには、理由があります。
【歴史は平安時代以前からの古社】
創建:伝承では第15代応神天皇の時代(西暦270〜310年頃)に日川(にっかわ)に祀られたのが始まりとされています。 現在地への遷座:平安時代初期の大同2年(807年)に平城天皇の勅命によって現在の場所(神栖市息栖)へ移されました。
【昭和38年(1963年)に鉄筋コンクリート造で再建】
江戸時代(享保8年/1723年)に建てられた木造社殿がありましたが、昭和35年(1960年)の火災で惜しくも焼失してしまいました。そのため、昭和38年に白壁と朱塗りの柱が美しい現在の鉄筋コンクリート・銅板葺の社殿として再建されました。
※焼失した社殿の建築年は、享保7年(1722年)とする資料もあります。

新しく見えたのは、昭和の火災から立ち直った姿だったんですね。
近年は神門の改修や社務所の建て替えも行われていて、境内全体がすっきり整っています。
境内には、古い石も残されていました。


昔からあるのはこの石ぐらいなのかな?

その礎石も焼失前の旧社殿の土台として重要な遺構ですが、実は境内にはそれ以外にも江戸時代以前から残る古い建造物や遺構が点在しています。
【神門】
参道の途中にある朱塗りの門は、弘化4年(1847年/江戸後期)に建てられたもので、昭和35年の火災を免れて当時の姿のまま残っています。

社殿自体は鉄筋コンクリートで近代的に再建されましたが、足元の礎石や神門、川沿いの忍潮井など、随所に江戸・平安時代の名残がしっかりと受け継がれています。
新しい社殿の足元に、古い時間がちゃんと残っている。
この「昔からあるもの探し」が、そのまま境内めぐりのテーマになりました。
千年の夫婦杉と、”1円玉の木”
「昔からあるもの」を探して境内を歩くと、目に入るのは木々です。


これが御神木?

はい、幹に注連縄が巻かれている通り、御神木のひとつであるスギの巨木です。


これが夫婦スギ?

はい、まさにその木が「息栖の夫婦杉」です。
根元から少し上がったところで幹が二股に分かれて寄り添うように天へと伸びており、その姿から「夫婦円満」や「家内安全」「縁結び」の象徴として親しまれています。
立て札によると、樹齢は推定約千年。
昭和の火災も、江戸の神門も、この木から見ればつい最近の出来事です。
次に見つけたのは、社殿近くの少し不思議な名前の木。


これ?一円と関係ある?

はい、深く関係しています。
写真の木はオガタマノキ(招霊の木)で、「1円玉に描かれている木(若木)のモデル」として非常によく知られている樹木です。
【1円玉の「若木」のモデル説】
1円硬貨の表面にデザインされている植物は、造幣局の公式見解としては特定の樹種を定めない「伸びゆく日本の象徴としての若木」とされていますが、その図案のモデルになったのがこのオガタマノキ(招霊木)であると広く伝えられています。
【神事と「神楽鈴」のルーツ】
「オガタマ」という名前は「招霊(おぎたま/神霊を招き寄せる)」が転じたものです。
秋に実る丸い果実が集まった様子が、巫女さんが神楽舞で鳴らす「神楽鈴(シャランと鳴らす鈴)」の原型になったとされています。
※1円玉の図案を考えた中村雅美さんは、若木には特にモデルとなる樹種はないと語っています。オガタマノキがモデルという話は、「そういう説もある」くらいに楽しむのがよさそうです。
もう1本、AIが教えてくれた御神木がナギの木です。


ナギの木って、これ?

はい、まさにその木が「那岐の木」です。
【「凪(なぎ)」に通じる平穏の木】
風が止んで波が穏やかになる「凪(なぎ)」に通じることから、海上安全や、万事が円満に平穏(和ぎ)へ収まるご利益があるとされています。
舟の神様を祀る神社に、「凪」の木。
波が静かであってほしいという願いが、ここでも水につながっていますね。
川の中に、なぜ井戸があるの?:潮を押しのける「忍潮井」
境内を出て、二の鳥居から川のほうへ200mほど歩くと、常陸利根川に面して一の鳥居が立っています。その両脇にあるのが、この旅でいちばん見たかった忍潮井です。


ここが井戸?

はい、まさにここが日本三霊泉のひとつ「忍潮井」です。
川(常陸利根川の入江)に面して立つ大きな白い「一の鳥居(浜鳥居)」の左右に、それぞれ小さな鳥居と朱色の柵で囲まれた井戸があります。
【水底の瓶が見えると幸運】
汽水(海水が混じる川)の中にあるにもかかわらず真水が湧き出している不思議な井戸で、水が澄んでいて水底の瓶の姿がはっきりと見えると「大願成就」や「幸運が訪れる」と伝えられています。
ここで子どもから、素朴すぎる疑問が飛び出しました。

娘
川の中に井戸がある!
でも、川なんだからそのまま飲めば良くない?
井戸はいらなくない?

父
普通そう思うよね。
でもこの川は、海が近くて海水が混ざり合う「汽水」。
しょっぱくて、飲み水には向かないんだよ。
周りは塩分を含んだ水なのに、この井戸からは真水が湧く。
だから「潮を忍ぶ(押しのける)井戸」で、忍潮井。

辺り一帯が海だった頃から、1000年以上も清水を湧かせ続けてきたとされています。伊勢の明星井、伏見の直井と並んで「日本三霊泉」に数えられているそうです。
※「日本三霊泉」の顔ぶれには、はっきりした出典がないとする資料もあります。
のぞき込むと、水底に何かが見えました。


あれ?水の底に瓶が見える??

はい、まさにその水底に沈んでいる石造りの構造物が「瓶」です。
【くっきり見えているのは幸運のサイン】
水が濁っていたり波立っていたりすると底が見えない日も多いため、このように鯉が泳いでいる姿とともに水底の瓶が肉眼やカメラではっきりと捉えられるのは大変縁起が良い(幸運・大願成就の兆し)とされています。

今、私たちが見ているのが、女瓶ですか?

川に向かって立つと左が女瓶、右が男瓶です。
AIコンパニオン
【女瓶の特徴】
男瓶に比べてやや小ぶりで、すり鉢(または丸みを帯びた土器)のような形をしています。
【男瓶の特徴】
女瓶よりもひと回り大きく、銚子(とっくり)のような形をしています。
※息栖神社の公式サイトの案内図では、川に向かって立つと左が女瓶、右が男瓶です。現地でも立て札で確かめてみてください。

女瓶の水を男性が、男瓶の水を女性が飲むと結ばれる、という言い伝えもあります。ただし今は、井戸の水を直接飲むことはできません。
鳥居は、川の中に立っていた
実はこの忍潮井、ずっとこの場所にあったわけではありません。
昔は利根川の水深が今よりずっと浅く、一の鳥居と忍潮井の鳥居は川の中に立っていたそうです。
今の場所に移されたのは、昭和48年(1973年)の河川改修のときでした。
江戸時代、一の鳥居の前は「息栖河岸」と呼ばれる舟の発着場でした。
江戸から乗合船でやってきた参拝客が、ここから上陸して東国三社を巡ったそうです。
川の中から湧く真水、水辺に立つ鳥居、そして舟で訪れる参拝客。
道案内と舟の神様を祀る息栖神社は、水の玄関口のような神社だったのかもしれません。
“イカす”テラスでひと休み:鹿行の木は、なぜ日本じゃないみたい?
一の鳥居のすぐ近くに、木組みが目を引く新しい建物がありました。

いかすテラスですね!
美味しそうなアイスも売ってる!!


息栖(いきす)だけに、まさに「イカす」テラスですよね(笑)
伝統的な舟の櫓や社寺建築を思わせる木組みの跳ね出し構造が、とても目を引くモダンなデザインです。
正式な名前は「息栖にぎわいテラス」です
【息栖にぎわいテラス】
2025年10月にオープンした施設で、「おしおいカフェ」や夕日を眺められる「ゆうひ食堂」、一の鳥居を見下ろす眺望テラスなどが入っています。太い梁が軒下まで張り出す造りは「せがい造り」と呼ばれるそうです。
息栖神社の参拝は15〜30分ほどで終える人が多いそうで、ひと休みできる場所ができたのはうれしいですね。
テラスのまわりで、もうひとつ気になったのが木の形です。
白くうねるように伸びた幹や、傘のように広がる独特な樹形が、どこか地中海沿岸の松林や海外の沿岸林のような異国情緒を醸し出していますね。

白くうねるように伸びた幹や、傘のように広がる独特な樹形が、どこか地中海沿岸の松林や海外の沿岸林のような異国情緒を醸し出していますね。

内陸と違うだけ?
それとも鹿行地域はこんな感じ?

これは鹿行地域や沿岸・河川沿いならではの風土が大きく関係しています。
【常風と塩風による樹形(風衝樹形)】
鹿行地域は太平洋と利根川・霞ヶ浦などの広大な水面に挟まれており、遮るもののない強風が吹き抜けます。風を強く受ける側の枝が枯れたり曲がったりして、幹がねじれながら上へ・横へと広がるため、独特のうねりが生まれます。
川から湧く井戸も、舟の神様も、そして木の形まで。この土地では、何を見ても最後は「水」にたどり着きます。
【動画】AIと巡る東国三社の旅(鹿島・息栖・香取・潮来)
AIコンパニオンにプライベートツアーをしてもらいながら、旅を楽しむ様子を動画にまとめました。息栖神社は第2章、川の中の井戸をのぞき込む場面です。
使用音声:VOICEVOX(ずんだもん、青山流星、VoiDoll)
このあと旅は、宿で一泊して朝の潮来でろ舟に乗り、対となる要石のある香取神宮、伊能忠敬の町・佐原へと続きます。随時記事にまとめていきますね。
前回の記事:
【鹿島神宮】AIと歩くと、東の果ての神社が「古代国家の最前線」に変わる
この旅のデジタルしおりを公開しています!
鹿島・息栖・香取・潮来・佐原を巡った1泊2日の旅は、出発前にAIと相談して「デジタルしおり」を作りました。モデルコース、実際にかかった費用、予定と実際のタイムスケジュールの比較は、noteにまとめています。

ただの川辺の井戸だと思っていた忍潮井が、AIとの対話で「潮を押しのける霊泉」に変わりました!
あなたも、スマホにAIを忍ばせて、AIトラベルコンパニオンと一緒に旅をしよう!


