利根川をはさんで鹿島神宮と向かい合う、千葉県香取市の香取神宮。
香取神宮に祀られているのは、武神・フツヌシ。
鹿島神宮のタケミカヅチとともに、国譲りを成し遂げたと伝えられる神様です。
下総国一之宮であり、全国に約400社ある香取神社の総本社でもあります。
そんな香取神宮、ただ歩くだけじゃもったいない。
今回も、気になったものを写真に撮ってAIに見せながら歩いてみました。旅の2日目、朝の潮来で舟に乗ってから香取へ。最後は、AIのおすすめで佐原の町まで足をのばしました。
それでは、AIと一緒に巡る香取神宮の旅へ、行ってみましょー!!
朝の潮来で、櫓の音を聞く
東国三社参りの旅、2日目の朝は水郷・潮来から始まりました。
前の晩は亀の井ホテル潮来に泊まり、朝いちばんに向かったのは津軽河岸あと広場のろ舟乗り場。
江戸時代に津軽藩などが河岸(船着き場)を構えていた場所です。ここから、船頭さんが櫓で漕ぐ手漕ぎの舟に乗って、水路をゆっくり進みます。


すごい、本当に手で漕いで進んでる……!
「ギッチラ、ギッチラ」という櫓の音と、水の音。
ここではAIはお休みです。スマホはしまって、船頭さんの話に耳を傾けました。
船頭さんが教えてくれたのは、昔の潮来の暮らしの話。このあたりでは舟が住民の足で、牛を運ぶのにも舟を使っていたそうです。
「その名残が、この門です」と指さしたのは、川沿いの家についた小さな扉。昔は、こうした川へ出る扉が、どの家にもついていたのだとか。

家の玄関が道ではなく川を向いていた、と想像すると、舟が「自家用車」だった暮らしがぐっと身近に感じられますよね。
潮来のろ舟の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 水郷潮来観光遊覧船(ろ舟遊覧) |
| コース | 水郷情緒実感コース(ろ舟)約30分 |
| 料金 | おとな1,300円、こども700円、幼児無料(2026年8月時点) |
| 乗り場 | 津軽河岸あと広場(茨城県潮来市潮来) |
| 予約 | 公式サイトの予約フォーム(前日までの予約がおすすめ) |
| 定休日 | 月曜日(祝日の場合は翌日) |
※時間帯や曜日によって船頭さんが不在のこともあるそうなので、前日までに予約しておくと安心です。

舟を降りたら、車で利根川を渡って千葉県へ。いよいよ東国三社のラスト、香取神宮です。
香取神宮は、鹿島神宮より小さいのに、なぜこんなに華やかなの?

楼門をくぐって拝殿の前に出ると、子どもがひと言。

娘
鹿島と全然違う! こっちは派手だね!

黒い漆の壁に、金の飾りと鮮やかな彩色。
たしかに、前の日に見た鹿島神宮の落ち着いた社殿とは、ずいぶん雰囲気が違います。外壁の緑も気になったので、AIコンパニオンに聞いてみました。

外壁も「緑」が多用されてますよね?


はい、よく気づかれましたね!
透塀の菱格子や本殿の軒下・組物に鮮やかな緑青色が効果的に使われています。
香取神宮の本殿(国の重要文化財)は、元禄13年(1700年)に徳川第5代将軍・徳川綱吉によって造営されたもので、江戸時代中期の豪奢な神社建築の特色を備えています。
【黒漆と緑青のコントラスト】
全体を引き締める艶やかな黒漆塗りの壁面に対し、透塀の菱格子に落ち着いた緑色が配され、重厚感の中に凛とした気品を与えています。
柱の上の彫刻にまで、緑や青、赤の模様がびっしり。どこか異国の雰囲気も感じます。

極彩色な中国風な感じがしますが…

その印象通り、中国(唐・宋・明代)の建築様式を取り入れた「禅宗様(唐様)」や「権現造」の流れを汲んでいるためです。
日本の神社建築はもともと白木主体の簡素な「和様」(神明造や大社造など)が主流でしたが、中世以降の仏教建築(唐様)との融合や、桃山〜江戸時代の大規模な幕府建築によって中国風の華やかな意匠が定着しました。
【木鼻と組物の極彩色】
柱の上部から突き出た彫刻(木鼻)や組物に、緑・青・赤・白・黄の文様(渦巻や波、雲などの文様)が細かく描かれています。これは中国の寺院や宮殿建築に由来する伝統的な彩色技法(繧繝彩色・極彩色)です。
【徳川幕府の造営スタイル】
日光東照宮に代表されるように、江戸幕府が手掛けた社殿・付属施設は、権威を示すために中国渡来の高度な彫刻・彩色技術を惜しみなく投入しています。香取神宮の社殿群もその美意識で統一されています。

日本の杉木立の「侘び寂び」の中に、異国情緒を感じさせる華麗な大陸風の意匠が溶け込んでいるのが、この時代の建築の大きな魅力です。
※香取神宮の本殿そのものは「両流造」という形式です。手前の拝殿と本殿をつなぐ配置が、日光東照宮のような権現造に似ているとされています。
ここでパパが、ちょっと踏み込んだ質問を。

父
鹿島神宮より小さい感じですね。
だけど、徳川家が力入れたおかげでこっちは新しい?

境内の広さは鹿島神宮の方が広大ですが、社殿の建築年代に関しては香取神宮の方が約80年新しいです。
【社殿の新しさと華やかさ】
鹿島神宮の本殿は幕府初期の造営で、色味も落ち着いた渋い古色を帯びています。対して香取神宮は文化が爛熟した元禄期(1700年)の綱吉による造営のため、彫刻や黒漆・緑青の彩色など、意匠がより新しくきらびやかに残っています。
※鹿島神宮の本殿は、2代将軍・秀忠による元和5年(1619年)の造営とされています。
※拝殿の前から見える手前の建物は、昭和15年(1940年)に建てられた拝殿です。奥の本殿に合わせて、黒漆を基調にした造りになっているそうです。

同じ徳川家が手がけた社殿でも、約80年の差で、こんなに雰囲気が変わるんですね。
鹿島の「渋さ」と香取の「華やかさ」、ぜひ両方を見比べてみてください!
神社の境内に、なぜ大きな錨が?
境内を歩いていると、神社には似合わない、大きな*錨*が置かれていました。
そばの案内板には「かとり」の文字。


海軍とも関係ある?

非常に深い関係があります!
香取神宮は、旧日本海軍の時代から海上自衛隊に至るまで、歴代の軍艦・自衛艦と強い結びつきを持っています。
香取神宮の御祭神である経津主大神は武神・軍神として崇敬されてきたため、海軍・自衛隊の艦艇の艦内神社に勧請されたり、艦名そのものに「香取」「かとり」の名が冠されてきました。
【練習艦「かとり」の主錨】
写真の大きな錨は、海上自衛隊の練習艦「かとり」(1969年就役〜1998年除籍)で実際に使われていた主錨(実物)です。除籍後の平成10年(1998年)に、記念および縁の深さから香取神宮へ奉納されました。

神社の名前が、そのまま船の名前になってたんだ!

海とのつながりは、海軍だけではないようです。
香取の古い名前は「楫取(かとり)」、つまり舵取りに通じるとして、古くは船の航行を守る神として祀られたという見方もあるそうです。
楼門に掲げられた「香取神宮」の額も、日本海海戦を指揮した東郷平八郎の筆と伝えられています。
朝の潮来で舟に揺られてきた私たちにとっては、ちょっとうれしい発見でした。
香取神宮の武神の社は、海と舟の神様でもあったんですね。
この砂の山、触っていいの?
境内の一角に、こんもりと盛られた砂の山がありました。

娘
これ、触っていいの?


父
砂の山があるね。盛り塩みたいなものかな?
子どもは触ってみたくてうずうず。
でも、勝手に触っていいものか迷ったので、写真を撮ってAIに聞いてみました。

この砂の山、触ってもいいですか?

触らないのが原則(マナー)です。
周囲に木杭としめ縄(紙垂)が張られて結界が作られているとおり、ここは神聖な場所として立ち入りや接触が制限されています。
景観として眺めるか、手前で手を合わせるにとどめておきましょう。
【御神砂(おすな)の扱い】
神社で清められた特別な砂であり、一般の参拝者が直接手で触れたり持ち出したりするものではありません。

娘
じゃあ、見るだけにしておくね!
旅先の神社では、その場所ならではの作法に迷うこともありますよね。
解説だけでなく、こうしたマナーをその場で教えてくれるのも、AIコンパニオンの頼もしいところです。
鹿島と同じ、参道に横たわる木
奥へ続く参道を歩いていると、見覚えのある光景が。
大きな木が、参道に向かって斜めに張り出しています。


これも、鹿島神宮みたいに、横に生えてる木がありますね

本当ですね!鹿島神宮の奥参道と同じように、参道に向かって大きく斜めに張り出す「倒木・傾斜木」が見られます。
え木(つっかえ棒)で保護されている通り、これらは伐採されずに大切に残されています。鹿島・香取両社にこのような木が多いのには共通する背景があります。
【「神木・神域の木を切らない」という信仰】
台風や風雨、地盤の傾斜で倒れかけた木であっても、神域に根を張る木はむやみに切り倒さず、参拝者の安全を確保しながら支え木をして生かし続ける習わしがあります。
参道にトンネルのように覆いかぶさる巨木は、古くからの鎮守の森が手付かずのまま息づいている証拠でもあります。

切らずに、つっかえ棒で支えてあげてるんだね。
鹿島神宮の奥宮でも、木を切らずに建物のほうを合わせた造りを見てきました。木を大切にする考え方は、鹿島と香取に共通しているようです。
※
※前回の記事:【鹿島神宮】AIと歩くと、東の果ての神社が「古代国家の最前線」に変わる
鹿島が「頭」なら、香取は「尾」? もうひとつの要石
東国三社参りの締めくくりは、境内の奥にある*要石*です。


鹿島にもあった要石、香取にもあったよね。

娘
あ、こっちの石は少し頭が出っ張ってる!


鹿島神宮の要石は、てっぺんが少しへこんだ形でした。それに対して香取神宮の要石は、上がぽこっと出っ張った凸(とつ)型。
鹿島神宮の記事でも紹介したとおり、昔は地中の大ナマズが暴れると地震が起きると考えられていました。その大ナマズを押さえているのが要石です。
鹿島神宮の要石が大ナマズの頭を、香取神宮の要石が尾を押さえ、二つの神宮が対になって大地を鎮めている、と伝えられています。
※鹿島の要石が頭と尾の両方を押さえる、とする言い伝えもあり、伝わり方には違いがあるようです。
また、水戸黄門こと徳川光圀が要石の根元を確かめようと周りを掘らせたものの、底に届かなかったという話は、香取神宮にも伝わっています。
※光圀が掘らせたのが鹿島と香取のどちらの要石かは、資料によって違うようです。

鹿島で「この小さい石なの?」と驚いたあの要石と、利根川をはさんで対になる石。
二つ目を見たところで、東国三社参りは満願成就です。
三社参りのあとは、AIのおすすめで佐原へ
三社参りを終えて、このまま帰るのはもったいない。近くに寄るべき場所がないか、AIに相談してみました。

伊能忠敬記念館あたりは行った方がよい?

時間に余裕があれば、ぜひ立ち寄ることをおすすめします。
香取神宮から車で10分弱(バスやタクシーでもすぐ)の距離にあり、神社参拝とセットで訪れる定番の人気エリアです。
【「小江戸・佐原」の重伝建地区の町並み】
記念館が面する小野川沿いには、江戸〜明治〜大正時代の蔵造りの商家や町家が立ち並ぶ小江戸佐原の街並みが広がっています(関東初の重要伝統的建造物群保存地区)。
歴史や古い建築、水郷の町歩きがお好きなら、満足度の高いスポットです。
勧められて向かったのは、車で10分ほどの佐原の町並み。
50歳を過ぎてから日本全国を歩いて実測地図を作った、伊能忠敬が暮らした町です。


利根川の水運で栄えた時代の面影を残す蔵や町家が、小野川沿いに並びます。

川沿いの柳の下を歩いていると、かつて舟と人でにぎわった水の町に、ふと迷い込んでしまったような気分に。この世界観が、なんとも面白い町でした!
川沿いを歩いたあとは、伊能忠次郎商店でお昼ごはん。

チーズはミルク感たっぷりで、とても美味しかったです!木のぬくもりを感じる可愛らしいお店の空間も相まって、ゆったりと良い時間を過ごせました。

朝の潮来の舟から、舟の町・佐原まで。
計画になかった寄り道でしたが、AIのおすすめのおかげで、「水」でつながる一日になりました。
【動画】AIと巡る東国三社の旅(鹿島・息栖・香取・潮来)
AIコンパニオンにプライベートツアーをしてもらいながら、旅を楽しむ様子を動画にまとめました。
潮来のろ舟は第3章(5:36〜)、香取神宮は第4章(6:28〜)です。櫓の音も、ぜひ聞いてみてください。
使用音声:VOICEVOX(ずんだもん、青山流星、VoiDoll)
この旅のデジタルしおりを公開しています!
鹿島・息栖・香取・潮来・佐原を巡った1泊2日の旅は、出発前にAIと相談して「デジタルしおり」を作りました。モデルコース、実際にかかった費用、予定と実際のタイムスケジュールの比較は、noteにまとめています。

前回の記事:【息栖神社】AIと歩くと、川辺の井戸が「潮を押しのける霊泉」に変わる
鹿島神宮の「相棒」くらいに思っていた香取神宮が、AIとの対話で「海軍も祈った武神の社」に変わりました!
あなたも、スマホにAIを忍ばせて、AIトラベルコンパニオンと一緒に旅をしよう!
香取神宮の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 香取神宮(かとりじんぐう) |
| 住所 | 千葉県香取市香取1697-1 |
| 授与所・御朱印 | 8:30〜17:00(※公開前に公式サイトで要確認) |
| 駐車場 | 無料駐車場あり |
| アクセス(車) | 東関東自動車道 佐原香取ICから約5分 |
| アクセス(電車) | JR成田線 佐原駅から車で約10分 |


